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保育士かあちゃんの育児レシピ

保育士ならではの小技・月年齢に合ったおすすめの遊び・お出かけ情報等を紹介。マンガを交えた日記も随時投稿!

脱線しながら母子のあり方を考えてみる

ひっさびさに髪の毛を切りにいけました!
ルンルンのかーちゃんです。

ママ友の中で話題の「残念な夫」ですが、見たことある方はいらっしゃるでしょうか。
私も録画してちゃっかり見ている人の一人です。
しかも旦那と。

出産後、ガラリと生活が変わり、身体も変わり、心境も変わり、必死の思いで子育てをしている女性。
反対に変化のない夫・・・不満爆発です。

旦那も頑張る妻のために手を差し伸べようとしますが、不思議なもので・・・手伝うレベルだと不満倍増するんです。
「手伝う!?自分の子供ならやって当たり前だろ!!」
そう思うんですよね。

ママ友との話の中で
「よく手伝ってくれるけど、いちいち言わないとやってくれない。」
「ウンチの時は私を呼ぶんだよね。出ているんなら替えてよ!」
「夜泣きは絶対起きてくれない。わたしは24時間頑張っているのに。」
など・・・ほんと、ごもっともでございます。

子育てを一緒にやってくれればくれるだけ、どんどん要求が増えていく。
もっともっと子育てに参加して欲しい。
自分の子なんだから、週末くらい子供を見てもらいたい・・・というか、世話して!!

自分と同じレベルを求めてしまうのはなんででしょうね。
いつも一緒にいるお母さんにかなう人はいないのに、ね。

皆、程度は違うものの、不満を持っている人は多いんじゃかな。
まぁ、話を合わせて「不満」を言っている人もいますが、実は不満じゃないレベルだったり。

 

とーちゃんなんだから、子育てに参加して欲しい。
もっと関わってほしい。
子どもと会話(言葉にかぎらず)してほしい。

これは大いに賛成です。
あとは、どこまで求めるか。

私は物事には完璧を求めたり、完璧に近づこうと努力するのは賛成です。(そのための休養も同じくらい大事だと思っていますが)
ですが、人には完璧を求めてはいけないとも思っています。
(・・・ちなみに、仕事のミスに寛大になれとかそういう意味ではありませんよ)

まず、完璧を求めてはいけない物の第一位は一番ちいさな社会にいる人間。
つまりは家族ですね。

これは旦那だけではありませんよ?
子どもも一緒です。

家庭は一番心を許せる場所のはずなのに、理想を押し付けられてずっと緊張状態ではもちません。
理想を強要するのはストレスになり、心が安らぎません。
こちらも完璧を求めようとすると、完璧ではない姿にイライラしてしかたがないでしょう。

なんでこんなことするの!
◯◯しなさい!
ちゃんとやって!
なんで◯◯なの!?(なんで◯◯みたいにできないの)

よく言ってしまいがちなワードを並べてみましたが・・・さてどうでしょう。
カーっとした時に、捨て台詞、当て付けに使ってはいないでしょうか。

これは意識して使わないようにした方がいいでしょう。
こんなこと言っても相手には響きませんから。

これを言われて「このやろう」「なんだこいつ」と思うのは大人。
これを言われて「おこられた」「こわい」「どうしよう」と思うのは小さい子ども。
これを言われ続けて「どうせわたしは・・・」「またおこってんな」と思うのは成長した子ども。

誰に言ったにしろ、負の感情しか生まれません。
いったその場はすっきりするかもしれませんが、お互いにいい気分はしないでしょう。
そして、特に子どもの場合は「なんでそんなことばかり言うの」「自分を認めてくれない」等と心が離れていってしまうかもしれません。

 

どんどん話が脱線してきましたが、この際だから、専門家や現場で幼児教育を学んできたという視点から書いちゃいます。

近い存在だからこそイライラする。これはよくわかります。
一生共に歩んでいきたいと思ったほどの人だから。(パートナー)
私の分身であり、愛しているから。(子ども)

家族を解消したいと思う程の関係ならまた違うかもしれませんが、そうでない限り、相手に対するイライラは側にいるから許せない、大切な人だから許せないというものだと思っています。
でも、だからこそ、自分が他人(自分以外の個人)を変えようと思うのは余計なお世話ってやつです。
ちゃんと信じてあげることの方がよっぽど大事です。

 

「信じる」つながりで、ここで一つ言わせてください。
『都合のいい放任・見放す』のと『信じて見守る』のは全く違うということ。

子どもの例で申し訳ないですが・・・子どもの好き勝手な行動に「◯◯したいのね。かってにしなさい。」と投げ出すのと「◯◯したいのね。じゃぁ1回だけね。」と尊重すること。
はたから見れば、どちらも子どもを見守る親。
でも、同じことをしているように見えますが明らかに違いますね。

パートナーだと・・・どうせ話を聞いてくれないからもうイイ!と諦めることでしょうか??ちょっといい例が浮かばなくてすみません。

あくまでも対子どもの視点で失礼致します。

 

話を少し戻しますが、自分の分身である子どもだからこそ、願いも強くなりがち。
だから見えなくなってしまうこともあるんです。
「うちの子はそんなことするはずない。」
「うちの子はきっと◯◯と思ったからに違いない。」
と、自分のフィルターで見てしまうんです。

そういうのは子どもを信じているから・・・と言うよりか、自分の子供の正当化をしながら、自分の子育ての正当化をしているに過ぎません。
子どもは自分の子育ての集大成だと思っていませんか?
子どもは子どもです。
大人の集大成だと勘違いしないでいただきたい。

確かに親の影響を大きく受けますが、ソレを否定しているわけではないです。
子どもに正しい事を教えるのは親の務めですし、礼儀等で親の顔は想像できます。
が、そういうこと以外の話を言っています。
友達にいたずらをした、喧嘩した、ものをこわした等ね。

子ども自身をシッカリ見てほしいと言いたい。
子ども自身を信じてほしい。

間違ったことをしても、それが正しくないと理解できれば、必ず正しい方へ行こうとしてくれます。
小さいうちからそういう教育をしていれば尚更です。

乳児、幼児だけに限りません。
どの年代の子もその子の思いをシッカリ聞き、(上手くしゃべれない子どもは思いを代弁したり汲み取ったりし、)その上で親の思いを伝えたり、好ましい(正しい)行動を伝えたりし、どうしたいか、どうすればいいかを一緒に話したり、大きくなったら行動を託してみるのもいいでしょう。

子どもは大人が思っている以上にいろいろ考えています。
悩んだりもしています。
小さいうちはシンプルで、その都度話が完結するでしょうが、成長したらそうも行きません。
何でもかんでも聞くのではなく、子どもが心を開くまで信じてあげてください。
そして、心をひらいてくれたらそれに答えて、その後の行動も信じてあげてください。

自分から悩みを言うのは大きくなるにつれて言い難くなってくるものです。
少しでも話しやすい、相談しやすいと思えるよう、ぜひ、小さいうちから良き理解者・心の拠り所となってほしいものです。

 

脱線ついでにもう一つ。

ぜひ『子育て四訓』を皆様にも知っていただきたく載せます。

一、 乳児はしっかり肌を離すな。
一、幼児は肌を離せ手を離すな。
一、少年は手を離せ目を離すな。
一、青年は目を離せ心を離すな。

子育ての基本。
ちなみに今日お話したことは、どの年代の子も心は常に離すな!!でしょうか。

これは解説なくともその通りのことで。
まさに情緒の安定の最初は親とのスキンシップ。
全てはそこからです。

そして、大きくなって外に目を向け、時期に羽ばたくようになったとしても、「いつもここであなたを見守っているよ。」「困ったらいつでも守ってあげるよ」と、子どもの心地の良い『巣』となっていけるといいですね。

 

・・・『残念な夫』の話はどこへいった?
まぁいいか。

本当は、こどもも大人も心でぶつかれって話をしたかったんですよねw
相手の考えや思いを聞いた上で、「でも私はこう思うよ!」「こうしてくれたらうれしいな。」「これをやったら悲しくなる。」と、思いを伝えること。
大人も子どもも一緒。

心に届くのは「これやって。」「これはだめ。」じゃなくて、思いなんじゃないかなって。
いやぁ、大人ってそんなにシンプルじゃないのかなぁ・・。

 

なんか脱線ばかりですみません。
が、私の子育てバイブル『子育ての四訓』を伝えられただけでも良かったということで。
話がまとまらなくてすみません。
まとまった文が書ける力を付けたいです。
いつかきっと。
少しでもためになったら嬉しいのですが・・・。

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